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マリーンズの歴史

1949年の毎日オリオンズ誕生から現在の千葉ロッテマリーンズの歴史を年代ごとに紹介します。
1949年に毎日新聞社が「日本野球連盟」に加入を申し込んで、千葉ロッテの前身「オリオンズ」が誕生。1950年には2位以下を大きく引き離しパリーグ初代王者となるだけでなく「日本ワールドシリーズ」と呼ばれた第一回の日本シリーズも制し初代日本一の座も獲得します。
1991年からは、本拠地を千葉へ移し「千葉ロッテマリーンズ」となり、優勝2回、2010年12月27日、本拠地の千葉マリンスタジアムがテレビショッピング専門チャンネル・QVCジャパンによる命名権導入に伴い、名称を「QVCマリンフィールド」に改められ、現在に至ります。

1949年~ 毎日オリオンズ誕生
1949年 1949年9月毎日新聞社を親会社とする毎日球団が設立され、毎日オリオンズが結成。
1950年 創設1年目にしてリーグ優勝、日本シリーズでも松竹ロビンスを圧倒し、
初代プロ野球日本一の座を射止めた。
1957年~ 大毎・東京オリオンズ時代
1957年 1957年のシーズンオフ(11月28日)、成績が低迷していた大映ユニオンズと対等合併し、毎日大映オリオンズに改称。略称は大毎オリオンズ(だいまいオリオンズ)。
1960年 対西鉄25回戦に4-0で勝ち、10年ぶり2度目の優勝を果たす。
1962年 本拠地はオーナーの永田雅一が私財を投じて東京・南千住に建設した専用球場・東京スタジアムに移転。「下町の太陽」「娯楽の殿堂」「下駄履きで通える球場」など様々な愛称でファンに親しまれる。
1963年 球団結成1,000勝を記録。
1964年 チーム名を東京オリオンズに改称。
1957年~ 大毎・東京オリオンズ時代
1969年 1月18日、永田オーナーの友人である岸信介の斡旋により、ロッテをスポンサーに迎えて業務提携を結び、チーム名をロッテオリオンズ/ロッテ・オリオンズに改称。
1970年 1970年パシフィック・リーグ優勝。対西鉄26回戦に2万6000人のファンが詰めかけた。
東京スタジアムでの優勝決定時には、観客が次々とグラウンドになだれ込み、そのまま真っ先に永田オーナーを胴上げした。日本シリーズは巨人に敗れる。
1971年 1971年1月25日をもって永田オーナーは球団経営から撤退。ロッテが正式に球団を買収して親会社となり、会社名もチーム名と同じ「ロッテオリオンズ」になる。
以来40年以上にわたりロッテは球団を保有し続けているが、これはパシフィック・リーグでは最長である。
本拠地・東京スタジアムは国際興業社主の小佐野賢治が経営を引き継いだが、小佐野は経営不振を理由に単独企業での球場経営の継続は困難であると判断。球団と球場は一体であることが望ましいと考え、ロッテに対し球場の買い取りを要求。しかし交渉は決裂。東京スタジアムは閉鎖され、本拠地球場を喪失した。
1974年 日本シリーズ対中日第6戦に3-2で勝利し、24年ぶり2度目のシリーズ選手権を獲得する。東京の外堀通りで観衆200万人ともいわれる優勝パレードを行う。
1977年 川崎市から誘致を受け、翌シーズンから川崎球場への本拠地移転が決定。10月4日に保護地域を神奈川県に移転することが承認された。
1980年 張本勲が本塁打によって史上初の3000本安打を達成。
1982年 落合博満がプロ野球で4人目となる三冠王に輝く。 落合が、最優秀選手・首位打者・本塁打王・打点王・最高出塁率のタイトルを獲得。
1987年 女性向けのフリーペーパー「URE・P(ウレピー)」を発行。URE・Pはロッテリアなどで入手でき、本拠地を千葉に移転するまで発行された。これにより観客動員数が10万人ほど増えた。
1989年 村田兆治が3度目の挑戦にして完投で念願の200勝を達成。
1990年~ マリーンズ時代
1991年

9月4日、翌1992年から保護地域を千葉県、専用球場を千葉県千葉市美浜区の千葉マリンスタジアムに変更することが承認された。球団名は一般公募により改称されることになり、同年11月21日、新名称は千葉ロッテマリーンズ(英語で海兵隊)に決定した。

「テレビじゃ見れない川崎劇場」というキャッチフレーズで、TVCFを展開するなど流行語にすらなったキャンペーンを展開、10月17日、対ダイエー25回・最終戦、悲願であった観客動員100万人を達成。電光掲示板に「ありがとう川崎球場」という文字が出され、川崎球場はロッテの本拠地としての役目を終える。

1992年 「千葉ロッテマリーンズ」として新たなスタート、ピンク色を基調とした新しいユニフォームで千葉のファンの熱烈な歓迎を受けての前半戦の快進撃は「ピンク旋風」などど呼ばれる。
1993年 5月3日、伊良部が清原和博との対決で158kmの日本新記録を作る。
7月25日、南渕時高が14打席連続出塁の日本新記録を達成。
1994年 広岡達朗のゼネラル・マネージャー就任とボビー・バレンタインの監督就任を発表。
1996年 球団創設以来の通算3000勝を達成。
1997年 試合前に球場企画によるグラウンドでの結婚式を実施。
2001年 本拠地を千葉に移し「マリーンズ」に名称変更して10周年を迎えた記念に、ロゴマークを発表。
2004年 アテネオリンピック野球日本代表に、清水直行と小林雅英が選ばれる。
2005年

10年ぶりに3種類のユニフォームを採用。試合当日の先発投手が選択して着用するプランを発表。
10月17日、プレーオフ第2ステージ第5戦でソフトバンクに勝利。31年ぶりのリーグ優勝を果たす。
10月26日、日本シリーズで阪神に4連勝。31年ぶりの日本一。
アジアシリーズ初代王者にもなり合計6冠を獲得する偉業を達成。
11月20日、千葉市中心部と幕張新都心の2ヶ所で優勝パレード。

2006年 千葉ロッテマリーンズが「日本プロスポーツ大賞殊勲賞」を受賞。
3月20日、マリーンズから8選手を輩出した日本代表がWBCで優勝。里崎がWBCベストナインに選ばれる。
2007年 2年ぶりにプレーオフ(クライマックスシリーズ)へ出場。第1ステージでは、成瀬の活躍もありホークスに勝利。しかし、第2ステージでは第5戦までもつれ込むものの、成瀬が4失点を喫し惜しくも優勝を逃す。
2009年 ロッテが東京オリオンズのスポンサーとなって40周年を記念したマークを導入。
シーズン当初より一部ファンがバレンタイン監督退任に対する抗議活動を実施。
2010年 10月1日、バファローズとの最終戦を制し、3年ぶりのクライマックスシリーズ出場を決める。
日本シリーズでセリーグ優勝の中日を4勝2敗1分で下し、5年ぶり4度目の日本一を果たし、史上初シーズン3位から、5年ぶり4度目の日本一に輝く。
11月13日、日韓クラブチャンピオンシップにおいて韓国シリーズ優勝のSKワイバーンズを3-0で降して日韓王者に輝く。
12月27日、本拠地の千葉マリンスタジアムがテレビショッピング専門チャンネル・QVCジャパンによる命名権導入に伴い、名称を「QVCマリンフィールド」に改めることを発表。
2011年 3月11日に発生した東日本大震災で、本拠地・QVCマリンフィールドに目立った外傷はなかったが周辺が液状化現象を起こすなどあり、この年のQVCでのオープン戦はすべて中止となっている。9月7日の対西武戦(西武ドーム)に勝利し球団通算4000勝達成する。最終的には54勝79敗11分。12月23日、この年6月に巨人に移籍したサブローがFA移籍で半年でロッテに復帰。
2012年 ペナントレースは開幕戦から1952年以来の60年ぶりの4連勝をするなど、前半戦を42年ぶりの首位で折り返したが、最終的に62勝67敗で5位に終わる。角中勝也が首位打者を獲得、独立リーグ出身の打者としては初めてとなる。二軍はイースタンリーグ優勝、ファーム日本選手権でもソフトバンクを3対1で下し2年ぶり3度目の日本一になる。この年、益田直也が中継ぎとしてリーグ2位、新人最多記録の72試合に登板し、新人記録となる41ホールド、43ホールドポイントを挙げ最優秀新人賞を獲得。
10月8日に西村が監督退任、ヘッドコーチの高橋慶彦ら8人のコーチも退団。10月18日、監督に伊東勤が就任した。
2013年 5月9日に7年ぶりの8連勝でペナントレース首位に立つが最終的に優勝は逃す。10月4日にソフトバンクが対日本ハム戦(札幌ドーム)に4対5で敗れた為、この日試合のなかったロッテの3年ぶりのクライマックスシリーズ進出が決定。クライマックスシリーズファーストステージ(西武ドーム)は西武に2勝1敗で勝利したが、ファイナルステージは楽天の田中投手の活躍に阻まれ、楽天に1勝4敗で敗退した。
2014年 9月25日の対日本ハム戦(QVC)に敗れ、Bクラスが確定。ホーム、ビジター共に新素材を使いユニフォームを軽量化。また、ビジターユニフォームはデザインを変更し、「闘志あふれる勝利への執念」を表している。前年まで使用したユニフォームと同様に黒地に白のカットラインが入る。胸ロゴが「Marines」(胸ロゴ・胸番号・背番号共に白字で赤で縁取り)、背ネームは白字。両袖に赤のライン、左袖に丸にカモメのロゴマークが入る。なお、ビジターユニフォームには2段組の「CHIBA LOTTE」の文字は無し。ズボンはグレーで、赤のラインが入る。帽子は黒でロゴが「M」(白字で赤で縁取り)、ツバの縁が赤。また、ホーム、ビジター共にズボンにオカムラホームの広告が入る。ホーム用は帽子が前年まで使用していたもので、つばのふちが白。
2015年 開幕当初は、Aクラスの2位・3位に立つこともあったが、4月中盤には徐々に脱落、ソフトバンク・日本ハム・西武の3強の後塵を拝する状態が続く。交流戦では、一時は首位に立つも、最終結果は10勝8敗の5位。7月13日にオリックス戦に敗れ6連敗、自力優勝の可能性が消滅した。その後、前半戦を4位で終える。7月9日にデスパイネが、母国・キューバの大会に出場するため離日するのを球団が発表した。7月30日に、独立リーグのベク・チャスンを獲得。後半戦から終盤戦にかけては西武と3位争いを繰り広げ、特に終盤はクライマックスシリーズ進出をかけて争うこととなった。10月2日の対日本ハム戦(札幌ドーム)に勝利したことにより、西武に代わって3位に浮上する。そして、10月4日の対日本ハム戦(QVC)に5-3で勝利し3位が確定、2年ぶりのCS進出が決定。クライマックスシリーズのファーストステージは、シーズン2位の日本ハムと対戦、2勝1敗でファイナルステージ進出する。
2016年 開幕当初は首位に立つこともあったが、後半は3位をキープ。9月24日にリーグ3位が確定、クライマックスシリーズ進出と31年ぶりの2年連続Aクラス入りが決定。角中が首位打者と最多安打を獲得。また石川歩が2.16で最優秀防御率を初受賞。サブローが現役を引退。また、デスパイネが、金銭面の関係で退団。外国人補強は、退団したナバーロの穴を埋めるために、マット・ダフィー、デスパイネに代わる4番候補ジミー・パラデスを獲得した。

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